エンドレスエイト

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もう来週末には8月になりますよ。

なのにまだ梅雨が明けず、相変わらずゲリラ豪雨がきますね。今日も昼過ぎまで青空が広がってたのに夕方ドーっと雨が~。油断して傘持たずに会社に来てしまったのでヌレヌレになってしまいました(^_^;)。

とまぁ、そんな感じで今日も特に書く事が無いので本でも。

田口ランディ「被爆のマリア」。
8月も近いのでこういうのに手が出てしまいました(^^;)。

短編が4つ収録されてますので、簡単に内容を。

「永遠の火」
30台後半になり結婚が決まった佳代子は、結婚式のキャンドルサービスで原爆の落ちた直後の
広島の町から持ち出され色んな人の手で連綿と受け継がれてきた「原爆の火」を使って欲しいと
父親に言われ困惑する。母親からは「嫌なら断れば」と言われ、結婚相手からは「いい事だから使おう」と言われるが、「使う」にしても「使わない」にしても、自分の中できちんとした理由を付けるべきだと悩む。。

「時の川」
修学旅行で広島に来た、小児ガン治療のため発育が遅れがちな中学生タカオは、自由時間に暑さのために体調が悪くなって道端で休んでいる時に、直前の講演会で被爆体験を語ってくれたミツコと出会い2年前に他界した父親を思い出す。。

「イワガミ」
作家のよう子はもう何年も広島に留まって取材をしているが、「ヒロシマ」は既に「広島」ではなく別物になってしまっているのではないかと思い未だに何もまとめられない。体験談をいくら聞いても当事者では無い自分には結局何も分からないのではないのかと悩んでいたところ、新聞社の資料室で神話の昔から現代に至る間の広島を舞台にした小説を読み衝撃を受け、是非作者に会って話を聞きたいと思うが。。

「被爆のマリア」
幼い頃から暴力の絶えない家庭で育った佐藤さんはすっかり[アダルトチルドレン]になってしまっており職も長く続かず借金を抱えたまま今はレンタルビデオ店の店員として働いているが、彼女には心のよりどころとなるモノがあった。長崎に落とされた原爆によって吹き飛ばされた礼拝堂で上半身だけが残った[被爆マリア]の像。黒く汚れた顔に浮かぶ空洞化した目を見た時に「探していたものはこれだ」と思ったのだ。

まぁ、そんな感じなのですが、読んでて体力を使いました(^^;)。

「戦争反対!」とか「核廃絶!」とかそんな話はどこにも出てきません。直接戦争やら原爆やらを体験していない作者さんが、その想像力を総動員しても結局は実体験していない事に対する「限界」にぶち当たってしまい、現代社会のさまざまな「痛み」を表現する事によって、その自分自身の心の痛みを表現しようとしたという感じでしょうか。

時代は変わっても姿かたちは違っても「人を苦しめ悩ませる事柄」は存在する訳で、それらに対してどのように向き合うべきなのか、もしくはいっそのこと向き合わないという選択肢を取るべきなのか、そんな事を考えさせられる一冊なのですが、生来根が弱い管理人は若干心が折られてしまいまして落ち込みそうになったので、今から甘い物でも食べに行ってモヤモヤを洗い流してこようと思います(笑)。

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このページは、skoyamaが2009年7月26日 17:39に書いたブログ記事です。

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